「アメリカで生まれた神話」-My Favorite Choice #2- / Creator’s View【Column】

こんにちは。

先週末は月に2度目となる強大な勢力を持った台風24号が全国的に猛威を振るいました。備えあれば憂いなし、前回の21号の教訓を踏まえ都市圏では事前にその機能を計画的に停止する等の対策を講じ、被害は最小限に抑えられたと思われますが皆様がお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか?今年の気候は自然に対する意識を改めて考えさせられるケースが非常に多いです。

そして台風が去った後は暦の移り変わりと共に、朝夕は一段と肌寒さを感じる様になりました。今週末もまた天気が荒れる模様です、、、くれぐれもお出掛けの際にはバッグにアウターを一枚準備していきましょうね!

 



★さて、Drifter新作“2018-2019”の第一弾の発売も一段落した所で、先週のブログ文末でも告知をさせて頂いた通り、今週はDrifterのクリエイティブディレクターY・Ochiai氏によるコラム第二弾をお届け致します。

※アメリカで産声をあげたDrifterにとってもその文化的影響力は計り知れない !?(ちなみにジョージ・ルーカスやスターウォーズとも縁の深いスティーブン・スピルバーグ氏はドリフターと同じオハイオ州出身!)きっと世界中の誰もが一度は観た事がある(筆者は成人してからハマりました)壮大なスペクタクルSF物語“スターウォーズ”についてアツく冷静な分析を交えて語って頂きましょう!

注意点として、文章を組み立てる際には内容について一切検索等を行っておらず、全て本人の記憶のみで記述されています。その為一部事実と異なる場合がございますがコンセプトを尊重する為原文そのままを掲載致します。また掲載されている内容は全て個人の意見であり、運営元である(株)リフトとしての主張ではありません。予めご了承下さい。

 


■「アメリカで生まれた神話」-My Favorite Choice #2-

※映画の話をする時、私は「スターウォーズ」を”好き”とは言わない。

なぜなら私の中でこの作品は映画を超えた一つのジャンルであり、他作品と並列で評価する事は出来ないからだ。
音楽やファッション同様、私は両親からの多大なる影響によりスターウォーズという世界と出会った。特に男子であれば(作品の年代は違ったとしても)SFの世界への入り口として非常に高確率でこの映画を体験しているのではないだろか。ルーカスという永遠の少年が生み出した鮮烈なビジュアルとテクノロジー、質の高いキャラクター、そして広がり続ける世界観とライセンスビジネス。これほどまでに人種・年代・性別を問わず誰もが夢中になるコンテンツはそうそう存在しないし、インターネット同様「自己増殖」していくある種システムの様に思える。ではなぜスターウォーズは単なるSF映画という枠組みを超越し、世界中の人々に愛される作品となったのか?

※ご存じ当作品の生みの親であるジョージ・ルーカスがジョセフ・キャンベルという神話学者の提唱する哲学に触れ、ヨーロッパの神話やキリスト教をベースに書き上げた現代の神話がこの作品であると記憶している。主人公にルーカス自らの相性”ルーク”と幼少期からの憧れである「空を歩む」というワードを組み合わせた名前を与え、そして少なくとも旧三部作はスカイウォーカー家を中心に展開する一大抒情詩である。そこには銀河を巻き込んだ父と子の確執、東洋の仏教思想や武士道からヒントを得たジェダイやフォースという概念、またルーカスが師と仰いだ名匠黒沢明も評価したという随所に見られるリアルな”汚し”のテクニック。また忘れてはならない映画音楽界の巨匠ジョン・ウィリアムスの文化遺産とも言える音楽や、現在の様な音効技術が無かった当時だからこそ生まれたかも知れない個性的且つ独特な効果音の数々。挙げればキリが無い要素の数々が奇跡的に噛み合って伝説が生まれたのであろう。

※これは完全に自論だが、映画における表現手法として主たる要素は「感情描写」「情景描写」「人物描写」だと常々思いながらあらゆるジャンルの作品に触れている。その点から考えると、スターウォーズという映画程この三大要素がバランス良くブレンドされた作品はそうそう思い当たらない。文法における”5W1H”に似た所があるが、いかなるジャンルにせよ(映画に限らず)”説明し過ぎずしなさ過ぎず”の絶妙なラインの上を歩めた時にこそ奇跡的な感動が訪れる気がしてならない。

「登場人物の背景が丁寧に作り込まれていれば大袈裟な脚本は要らない。なぜなら簡単なあらすじさえあれば、そのキャラクターは自らの背景に従って自然と動き出す。」とある映画監督の言葉だが、スターウォーズという世界は正にその真骨頂なのではないだろうか。それぞれキャラクターには登場頻度に関わらず本編の中では一切触れられる事の無い細かい設定がなされており、それが世界観をより深く掘り下げる事に一役買っている。だからこそ「昔々遥か彼方の銀河系では、本当にこの様な世界が広がっていたのかも知れない」という妄想さえさせてくれるのである。

※「スターウォーズは勧善懲悪の物語」という記述をたまに目にするが、それは果たして本当だろうか?私はそこに疑問を感じ、同時にルーカスが伝えたかった事の核心はその問題ではなかろうか?とも考える。一般的にジェダイ=正義・シス=悪という構図になっているが、そもそも「各々の信念に従って敵対する相手を殺める」という方法からすると両者に明確な差があるとは思えないのである。極論ではあるが現代に世界に置き換えても同じく、「思想や考え方の違う人や国を異物と唱え排除する」という行為はスケールの大小はあれど毎日の様に地球上の至る所で起こっている。学校というコミュニティにおけるヒエラルキーから生じる軋轢、会社組織内外の対立、国家間の紛争等数限りなく「憎悪」は存在している。パルパティーンは銀河帝国の存在理由として「恒久的な平和の実現」であるとハッキリ名言している。となると既に答えは出ている様なものだが、ではスターウォーズにおける二つのシステムである”ジェダイ”と”シス”の明確な違いは何か?

※それは当然「イデオロギー」それらを実現する為の手段でしかない。それぞれの視点から見ればいずれも相手は「悪」であり、排除すべき対象なのだ。この様な書き方をしてしまうと身も蓋もないのだが、血縁関係のある親や兄弟でさえ「別の個体」である以上意識を統一する事は出来ず、常に争う可能性があるという事。そういう観点から考えた結果、私の考えるルーカスの言いたかった事=”愛”の有無だと思う。ムスタファーでベイダーと成り果てたアナキンに対し、オビワンは「お前を愛していた」と言った。またべスピンでカーボン冷凍処置をされる直前、ハン・ソロはレイアから「愛してる(I LOVE YOU」と言われ「解ってる(I KNOW)」と答えた。しかしジオノーシスで処刑場に送り出される直前、アナキンはパドメに「愛してる」と言うれるが「本当?」と疑問を投げかけてしまう。彼は母親を謀略によって失い、真の”愛”という価値観が揺るぎ「何を信じて良いのか分からない」状態だった。私はこのソロとレイア&アナキンとパドメの関係性と言動こそがこの作品の核となる部分であると推察しており、同時に映画を観ている全ての人間にも置き換えられる「ルーカスからのメッセージ」だと推察している。

※唐突に今回のコラムが終了してしまう感が否めないが、何しろこの作品に関しては永遠に書き続けられてしまう程の世界観を持っている為どこかで区切りを付けないといけない。というわけでまた別の機会に違った視点からの内容をお送りしたいと思う。

Written by Y.Ochiai